一新された境内

建築家と造園家

客殿設計の東工大グループ

客殿設計の東工大グループ


|建築家|

茶谷 正洋 教授

1934―2008広島生まれ。東京工業大学建築学科卒業。同教授のほかワシントン大学客員教授歴任。東京工業大学名誉教授。妙光寺客殿は代表作の一つと言われ、建築雑誌等で話題を呼んだ。『折り紙建築』の創始者としても知られる。元々は学生指導のために1981年に考案、命名したもので、「Origamic Architecture」として世界中に広まり人気を博している。

|造園家|

野沢 清 先生

 1932―2006東京生まれ。東京農大造園科卒業。中島芳邦や中島健に師事した。静岡市城北公園日本庭園で日本造園学会賞作品賞受賞。世田谷美術館造園、明治学院大学キャンパス、吹上御所他多数の作品がある。ことに安穏廟及び境内修景は長期にわたり、野沢清『園学』の聖地とも言われる。

客殿(きゃくでん)

妙光寺旧客殿

旧客殿

 江戸時代中期に建てられた客殿は、中世寺院建築の典型として歴史的価値の高いものと言われました。しかし老朽化とかやぶき屋根でその維持保存は困難を極めました。これを鞘堂で覆い、象徴的な部分を保存した設計は、当時の東京工業大学建築学科故茶谷正洋教授によるもので、代表作のひとつとして建築雑誌でも紹介されました。
 古さと新しさが見事に調和して、引き込まれるような心のゆとり安らぎと与え、寺院建築本来の機能を十分にはたしています。
妙光寺の本堂と客殿を望む

本堂(左)と客殿(右)を望む

客殿内。受付(右)と大広間(左)

客殿内。受付(右)と大広間(左)


本堂・祖師堂・院庭

 客殿とほぼ同年代の本堂は修理を重ねて維持してきましたが、建築当時の材料が良質といえず解体のやむなきにいたりました。しかし長年にわたって精神的な支えとなってきた本堂を全て消滅させることに 抵抗感があり、内陣部分を祖師堂として復元再生しました。
茅葺屋根の妙光寺旧本堂

茅葺屋根の旧本堂

 新本堂は経費と今後の仕様形態を考え、伝統的な在来工法にこだわらず、集成材を使用した木造大断面工法によるまったく新しい空間を創出。半分にした床面積を補う院庭は、板を敷きこんだ半野外空間ともいえ、本堂・祖師堂・客殿の視覚的、空間的つながりを実現しました。回廊で切り取られた青空天井に周囲の緑が映え、視界は角田山へとつながります。
 設計は茶谷教授監修のもと、弟子の中澤敏彰氏によるものです。
山門から妙光寺現本堂を望む

山門から現本堂を望む

妙光寺本堂内部

本堂内部

妙光寺祖師堂内部

祖師堂

妙光寺院庭

院庭


三重塔

現在の三重塔

現在の三重塔

 市内福井集落の曹洞宗寺院から移設されたものと伝わるだけで、詳細は不明です。当初は内外部ともに金箔が施され上屋根で保護されていた形跡がありますが、移築後は上屋根がなく破損が進んだと思われます。
 古建築の修復専門家・故山崎完一設計士の監修で、2003年に解体修理を行いました。
小塔ながら大きな塔と変わらない構造で作られている貴重な建築として、「山門」「鐘楼」と併せて3点が文化庁の「国登録有形文化財」に登録されました。
修復中の妙光寺三重塔

修復中の三重塔

修復前の妙光寺三重塔

修復前の三重塔


境内改修と「安穏廟」

 山を背にする境内は防風上問題がないものの日当たりと排水に難があり、ことに排水には長年悩まされてきました。これを解消し境内整備を進めるに際し、造園工事の設計から現場指揮までを故野沢清先生が担当されました。同時に「安穏廟」の設計と運営システム作成には心血を注がれ、全国のモデルとも言われものに仕上げました。
 野沢先生は各地の造園設計の傍ら、母校東京農大と関東学院大で講師を勤めて後進の育成にも尽力されました。「安穏廟」は他の「世田谷美術館」「明治学院大学キャンパス」「長谷木記念館」「宮内庁吹上御所」等々とともに先生の代表的作品と称されています。
 平成18 (2006)年8月、講演先の京都で急逝され、そのご遺骨はかねてからの希望通り「安穏廟」の一角に埋葬されました。
水害時の妙光寺本堂

水害時の妙光寺本堂

潅水した境内に海水浴場のボートを借りました
潅水した境内に
海水浴場のボートを借りました。
自動車も水没
自動車も水没です。
県による妙光寺境内の排水路工事

県による排水路工事(平成3年)

排水問題も解消され、整備も整った現在の妙光寺敷地に建つ安穏廟

排水問題も解消され、整備も整った現在の妙光寺敷地に建つ安穏廟


京住院

寛文年間(1650年ころ)の住職の隠居所として建立された塔頭・京住院を2006年に篤信者の寄付で再建したもので、家族葬、小規模な法事、参拝者の宿泊等に供しています。本坊とは独立して、緑に囲まれた庭園の眺めと、冷暖房完備の快適な空間は心が落ち着きます。
現在の妙光寺京住院

現在の京住院


貴重な盆栽仕立ての黒松で、樹齢は不詳。
妙光寺の松

茶室

妙光寺の茶室
昭和29年(1954)来山の石橋湛山師のために増築した離れを茶室とし、“湛山亭”と称している。行事ごとのお茶席は参拝者に好評。
妙光寺の茶室の中より

参道

 境内に至る参道は車社会に対応できない古いままでした。2013年の開創700年記念として檀信徒の寄進と、ボランティア作業で整備。5月の連休中、野澤先生の愛弟子の造園設計士・松本恵樹氏の指導で、延べ200人が植栽作業に参加されました。
妙光寺参道

現参道

200人の方々によって植栽作業が行われた
200人の方々によって植栽作業が行われた
一緒に汗を流す檀信徒家族
一緒に汗を流す檀信徒家族