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妙光寺の宝物紹介 高橋泥舟 でいしゅうのお題目

2018年12月号

 

 高橋泥舟は勝海舟、山岡鉄舟とともに幕末の三舟と呼ばれました。共に明治維新への激動期に、徳川家最後の将軍慶喜よしのぶを取り巻く主要人物です。
 泥舟は山岡家に生まれて高橋家に養子に入り、妹が鉄舟と結婚して山岡家を継ぎました。泥舟は鉄舟の義兄にあたります。3人は書にも優れ、泥舟は槍の名手でもありました。また心の底からの日蓮宗信者だったと伝えられています。
 泥舟は、明治元年の冬のころ会津に向かう途次に越後の曽根(現新潟市西蒲区西川)に来たそうです。当時造り酒屋を営んでいた小林家では、「雪で峠越えが無理だから」と春までの逗留を勧めました。
 明治26年秋に泥舟は再び小林家を訪ね、そのときの礼をしたいと申し出ました。小林家の当主は、造り酒屋の当時の店名『長門屋』の看板と、菩提寺の妙光寺のためにこのお題目と扁額を書いてほしいと願いました。看板の文字は小売店になった店の包装紙に今も使われ、扁額は本堂前の中門に現在も掲げられています。共に日蓮宗の信者という不思議な縁から、泥舟の書が妙光寺にあります。

 

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