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特別寄稿 『送り盆』体験記

毎日新聞社会部編集委員 滝野 隆浩

2018年9月号

 

 
 8月25日「妙光寺の送り盆」に前日の金曜日から、新潟に行ってきました。
 妙光寺の安穏廟は、血縁に頼らない合葬型共同墓を1989年に初めてつくって、平成の新しい葬送の流れをつくった墓として知られています。700年の伝統のあるお寺が、新しいご縁の人たちを受け入れるためにどうしたらいいのか。そのいわば解決策で、檀信徒と新しい「会員」の融和を目的として送り盆のイベントが毎年この時期、開催されています。
 
◆妙光寺の新しい「仕掛け」
 安穏廟開設30年の今回、節目の年に何をしようかと前住職で現院首の小川英爾さんから相談されて、私がたまたま、日本の在宅ホスピスの先駆者、内藤いづみ先生(甲府市)の名前を出したら、「それいい!」ということになり、お寺でやる内藤先生の「いのちの授業」が開催されたのでした。在宅ホスピスというのは重篤ながんなどにかかった人たちを、病院ではなくその方の自宅でみとることです。
 新潟市内から車で40分ほどかかる、田舎のお寺。たぶん、小川さんが何もしなかったら、この歴史ある寺は全国のほかのお寺と同じように危機に瀕していたでしょう。だけど、小川さんは、平素から「仕掛け」をつくった。檀信徒と腹を割って話しながら、生きている檀信徒の情報をしっかり受け止めつつ、イベント的なことを繰り返して、都市部の「新しいニーズ」と地場の農業・漁場の人たちの生活を結び付けたのでした。まさに、お寺がやらなきゃならないことを、30年前からやってきたのでした。
 
◆本堂で「いのち」の講義と生の歌唱
 土曜日が送り盆で、私が前日から行ったのは、「スタッフ会議」が行われるからでした。「タキノさん、前の日から来ないと、うちの送り盆の本質はわからないよ」と小川さんから言われ、のこのこスタッフでもないのに、会議に参加したのでした。まあ、会議といっても、親睦会のようなもので、角田浜海水浴場の「海の家」みたいに旅館に泊まって、いろいろ話をしました。檀徒総代の方とも話せて、すごく素敵なふれあいができました。それからなんといっても、窓の外にみえる佐渡に沈む夕日の美しさ。もう自分だけでみて心が浄化されるのがもったいないので、みなさんにもおすそ分けしたいです。この息を飲むほどの美しい夕焼けは、地元でもなかなか見られないそうです。
 送り盆イベントの当日。雨が心配されましたが、なんとかもちました。蒸し暑さの中、450人近い人たちが、参加されたと聞きます。内藤先生のトークショー、良かったですよぉ。それから、元フォークの女神、「日本のジョーン・バエズ」とも呼ばれていた小林啓子さんの歌。長く活動を休止していたのに、故・永六輔さんが「あなたは歌い続ける人だ」と言って復活させた。森山良子さんと並び称された元女神が、ご本尊の前で「アメージンググレース」を歌ったんですから! 私、心が震えて泣きました。いや、ホント。
 
◆院首の前向きの姿勢に
 あの世とこの世をつなぐ場所であるお寺で、「いのちの大切さ」について、在宅ホスピスの先駆者が真のみとりについて語る風景。その向こうでは、子供たちや、幼児の笑う声が聞こえている………。なんて素敵な会なんだろうと思いました。もちろん、これまでも、そしてこれからも、道は平たんではない。でも、常に前向きにものごとに向き合う小川さんの姿勢に打たれて、今回もたくさんの素敵な人たちが集ったのでした。あー、今回は取材じゃないんです。個人的に行きたくなって行ったんです。小川さんとか、内藤先生とか、地元のみなさんとか、いろいろ語り合って、なんだか何回も泣き、そしてすっきりした気分になれました。

毎日新聞社会部編集委員/滝野隆浩(たきの たかひろ)
<個人フェイスブックの投稿を必要に応じて改稿しました>
編集部注・滝野さんは25年以上前に取材で妙光寺を訪れて
以来の長いご縁です。

 

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