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祝『妙の光』復刊一〇〇号 ―27年間をふりかえる―

みなさんと妙光寺のご縁を紡いで

2017年9月号

新倉理恵子


☆『妙の光』前史――先代住職による創刊から25号
 妙光寺教報『妙の光』は、先代小川英一住職が昭和20年代後半に創刊しました。ただし第1号と第2号は現存しておらず、正確な創刊年月日はわかりません。現存する第3号の発行月日は、終戦9年目の昭和29年(1954年)8月15日、同年8月28日には巻小学校で立正大学公開講座が行われています。講師は当時の立正大学学長・石橋湛山氏ら。石橋湛山氏はこの2年後に総理大臣になりました。昨年湛山亭≠ニ名付けられた妙光寺の茶室は、この時に氏が宿泊した部屋です。第4号は、昭和33年12月に発行。ここまでの『妙の光』は、ガリ版刷りでした。


現存するもっとも古い
「妙の光」第3号表紙


先代による第25号表紙
黄色い紙の活版印刷

第5号は、昭和47年(1972年)1月に発行。明るい黄色の紙で、B5版4ページの活版印刷です。そして翌年9月の第25号まで、毎月発行されました。第25号の表紙は「法華経化城喩品第七」によせる一文です。先代住職はその中で、幼いころに角田の砂浜を歩いた思い出を記しています。砂浜を素足で「よし、一直線に歩いてみよう」と目標を定めて歩き、百メートルほど進んで振り返ってみると、その足跡は一直線ではなかったという思い出です。「一直線に歩くことの難しさを痛感したことを思い出した。・・・人生の砂浜を一直線に歩むことはむずかしい」そしてお釈迦様や日蓮聖人は、しばしば足跡を振り返り一直線に歩いたとして「平凡人の私など明日への希望と足どりをより一層確実にするためには、もっと謙虚にふり返ることに努めよう」と結んでいます。その5ヶ月後、先代住職は遷化されました。

☆1991年『妙の光』復刊第1号
 1989年夏「安穏廟」ができ、翌年夏には第1回フェスティバル安穏を開催。その翌年3月、『妙の光』復刊第1号が発行されました。
 B5版8ページ建てで、表紙はカタクリの花の写真(もちろん白黒)、次の見開きにご前様の随筆「我がこの土は安穏にして天人常に充満せり」が載り、次に「信心」、それから「寺の動き」「あんのんのページ」「寺庭から」、最終ページが「行事案内」。基本の構成は、現在とほぼ同じです。
 昭和48年に先代住職が遷化して以来、途絶えていた『妙の光』を再刊いたしました。以前から催促されていたのですが、始めれば途中でやめられなくなるという不安が先立ち、腰を上げることができませんでした。しかし、県外在住の檀家の方々にも護持会費をご負担いただくようになり、また『安穏廟』お申し込みの方々の大半が県外ということで、より密接なコミュニケーションの必要性を感じ、頑張ってみることにしました。幸い石田誠太郎さんのご協力をいただき、年4回発行を目標にしています。気の長い応援をお願いします。
(ご前様の復刊1号あとがき≠謔閨j


復刊第1号表紙


「寺庭から」第1号の第1回タイトルは「動物王国」


☆皆さんの協力で迎えた100号―ありがとうございました
 年4回の発行を目標としたものの、最初の数年は年に3回しか発行できない年もあり復刊20号に至るまで6年間かかりました。幸い妙光寺は客殿の再建、境内の整備、本堂の建て替えなど常に新しい取り組みを重ね話題に事欠くことはありませんでした。一方で様々な事業と並行して『妙の光』を継続的に発行していくのは、大変なことだったのです。100号まで積み重ねた27年間には、たくさんの方の協力がありました。


「信心」第1号の第1回
「角田講中」石田誠太郎さん筆


県立高校教諭藤田久先生による連載
「寺の自然」第15号〜第38号


本格的なカラー版は第73号から。この号から現在のA4版に。
表紙の写真は写真家・天野尚さん提供「角田山の夕景」石田誠太郎さん筆


初のカラー版第67号表紙は、
ご前さま撮影「院庭と月」会心の1枚
だったので、この号のみカラー


石田誠太郎さんによる連載「妙光寺史話」
第14号〜第25号


『妙の光』100号に寄せて【石田誠太郎さんインタビュー】

Q.石田さんは、先代住職の教え子だそうですね?
石田 先代には旧制中学で公民を教わりました。私の妻は、新制中学で担任をして頂きました。そんなご縁があるので、先代が創刊する前に「今度寺報を出そうと思う。『妙の光』という名前だ」と聞いた記憶があります。今の題字も、先代がお書きになった文字ですね。

Q.復刊14号から「妙光寺史話」を連載されていますね。
  いつか、あの内容を『妙の光』でご紹介したいと思っています。

石田 私が退職後、図書館の古文書講座で勉強したので、ご前様から「書いてみてほしい」と言われてお寺の古文書を調べて書いたのです。あの時古文書を整理した覚えがあるのですが、どうなっているかなぁ。(石田さんがきれいに直してくださったものがお寺に保管されています。)

Q.復刊100号を迎えた感想を聞かせてください。
石田 私は『妙の光』という題名は、妙光寺から皆さんに送る光≠ニいう意味で先代が名づけられたと思っているんです。お寺の情報を記録して配ることで、皆さんに光が届きます。100号続けてきた今は、その光が反射して妙光寺に戻っていると思います。最初のころは、ご前様一人で書いていた原稿も、多くの方が書くようになりました。「信心」で壇徒さんの紹介を続けてきたのも良かった。99号のインタビューで楢葉町から来られた渡辺さんが「自然豊かで心の落ち着く境内の環境が素晴らしい。そして開放的であることが妙光寺の魅力」と言っておられますが同感です。妙光寺境内は宗教的環境が整っています。そしていつ行っても開かれていて、誰でも歓迎される寺です。その魅力を『妙の光』が発信して、また皆が集まっている。100号を迎えたことは、本当に感慨深いですね。

(聞いた人 編集部・新倉理恵子)

 

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