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誌上法話  〜『妙法蓮華経』というお経について〜

2018年4月号

小川良恵


 私たち日蓮宗でお読みしているお経は『法華経』。正式には『妙法蓮華経』と言います。「妙法」とは、他にたとえようも無いほどの素晴らしいものということです。「蓮華」はハスの花のこと。泥水の中にあって美しい花を咲かせることから、仏教の教えを象徴するものとして尊ばれてきました。つまり『妙法蓮華経』とは、「美しい蓮華のような仏教の素晴らしい教え」という意味になります。
 これから、この誌上法話の頁で、『法華経』について一章ずつお話ししていく予定です。

『法華経』の成立と翻訳
 『法華経』はお釈迦様の故郷インドで紀元前に生まれたお経ですが、その成立は今もよくわかっていません。元々は、サンスクリット語で書かれていたものが、中国へ仏教が伝わる過程で翻訳されました。各国で信仰を集め、モンゴルやチベット、朝鮮語にも翻訳されたようです。中国語では「六訳三存」、つまり六つの訳があるうちの三つが現存していると言われています。そのなかで今日こんにち、私たちがお読みしているのは、一番の名訳と名高い鳩摩羅什くまらじゅう訳になります。

『法華経』を訳した僧侶――鳩摩羅什
 鳩摩羅什は亀茲国きじこく、今で言うウイグル地域で、生まれました。父はインドの商人、母は亀茲国の王の妹と言われています。当時の亀茲国は中央アジアの貿易国として栄えており、鳩摩羅什はサンスクリット語、亀茲国の言葉、中国語の他にも7か国語を話せたと言われています。そして生涯に三百巻のお経を翻訳しました。
 7歳で出家、9歳からインドまで赴き仏教を学び、瞬く間にその思想を取得して行きました。当時の中国は数多くの国が乱立し、各々が覇権を争っており、戦乱の中で多くの人が亡くなり、人口は3分の1にまで減ったと言われています。鳩摩羅什もまたその才覚を見込んだ諸侯によって、故郷の亀茲国を滅ぼされ、捕虜として捕らえられてしまいます。
 10数年、後涼ごりょうに幽閉されていましたが、鳩摩羅什の存在を知った後秦の皇帝により、後涼は討たれ、首都の長安に招かれます。後秦では、鳩摩羅什の為に長安大寺を建立し、お経の翻訳が始まりました。鳩摩羅什を慕って中国全土から人々が集まり、『妙法蓮華経』の翻訳には二千人もの人々が関わったといわれております。
鳩摩羅什を記した伝記では「もし翻訳に誤りが無ければ、火葬後も舌が残るだろう」と遺言を残し、実際に舌が焼け残ったとも記されています。鳩摩羅什の『法華経』翻訳への強い意志が感じられる逸話です。戦乱の時代だったからこそ生まれた強い信仰が、鳩摩羅什の熱意を生んだのでしょう。
 鳩摩羅什が翻訳した『法華経』は全部で28ぽん、つまり28の章から構成されています。次回は、その第1章をご紹介します。

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