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「佛縁に感謝して」
新潟市西蒲区押付 真島藤市さん(76歳)・慶子さん(76歳)

2015年10月号

鎌田義明


 真島藤市さん(76歳)・慶子さん(76歳)


いつも夫婦でのお参り
 真島藤市さんは旧西川町押付に生まれ、農家のひとり息子として幼いころから両親の農作業を見習い育った。19歳の時、同町升潟の農家出身の慶子さんと結婚。2人は農作業に精を出し、3 人の子供も授かった。共に生家は妙光寺の檀徒で、お寺の行事には夫婦でお参りした。結婚当時は車もなく、片道10qの道のりを、いつも歩いて1日がかりだった。
ある年の8月1日盆のお参りの時、墓参りの後、親戚と海水浴に行った子ども達がはぐれていなくなり、法要の際中に大騒ぎになった。幸い知り合いに保護されて大事に至らなかったが、あのときの心配は今でも忘れられないと言う。
 自宅の朝の仏壇参りも夫婦で怠らない。身延山久遠寺参拝旅行に幾度も参加し、七面山にも登詣した。若いころは良かったが、年を取ってからの七面山登詣では膝を痛め、他の参拝者の肩を借りるなど体力の衰えを思い知らされたと笑って語る。
 藤市さんは曽根地区の世話人を30年余り務め、今年の改選で定年となり顧問を委嘱された。妻の慶子さんは「これからも元気なうちはお寺の勝手働きを続けたい」とにこやかに語る。当然顔見知りも多く、お寺で押付(地名)≠ニ言えば真島さん夫婦のこととして親しまれている。

仕事一筋に
 現在も農作業は現役だ。結婚当時は現在の様に農業機戒が普及しておらず、何をするにも全てが手作業で本当に苦労した。
 藤市さんは農作業の合間、頼まれて近くの酒造会社に10年間勤めたことがある。酒米の運搬から精米、酒造りの過程の全てに携わった。周りの職人が苦手な仕事も積極的に引き受け、身を粉にして働いた。その努力が認められ、ある年の初仕込みの祈願祭で、従業員は入ることの許されない畳張りの仏間に通されたことがある。何より嬉しい思い出と語る律義な人柄の藤市さんだ。25年前には重い椎間板ヘルニアを患い、大事な農作業ができなくなった。病院を何か所か変えてもはかばかしくなく、ご前様に整骨院を紹介されて序々に回復できたと言う。
 慶子さんも金属加工会社にパート勤務の頃、工場で機械に挟まれ指3本を切断する大怪我を負った。救急車で大学病院に搬送され緊急手術は12時間に及んだ。幸運にも元に戻り、1カ月の入院で全ての指が動く様になった。

今の楽しみ
 「人生いろいろあったが、今も元気で農作業を続けられるのも、お寺があって、仏様、先祖があってこそ」と日々感謝している。これからも週2回の野菜直売所への出荷や、作業小屋での仕事、そして老人会の活動を通して、近所の人たちと楽しみながら老後を過ごしたい」と語るお二人だった。

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