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建築家と造園家

旧客殿

「客殿(きゃくでん)」

  江戸時代中期に建てられた客殿は、中世寺院建築の典型と言われ歴史的価値の高いものです。しかし老朽化とかやぶき屋根でその維持保存は困難を極めました。これを鞘堂で覆い、象徴的な部分を保存した設計は、当時の東京工業大学建築学科教授茶谷正洋先生(現名誉教授)によるものです。
  古さと新しさが見事に調和して、引き込まれるような心のゆとり安らぎと与え、寺院建築本来の機能を十分にはたしています。
  茶谷先生の代表作のひとつとして建築雑誌でも紹介され、いまだに建築関係者の見学が後を絶ちません。

「本堂・祖師堂・院庭」

  客殿とほぼ同年代の本堂は修理を重ねて維持してきましたが、建築当時の材料が必ずしも良質といえず解体のやむなきにいたりました。しかし長年にわたって精神的な支えとなってきた本堂を全て消滅させることに抵抗感があり、内陣部分を祖師堂として復元再生しました。
  新本堂は昨今の経済事情と今後の仕様形態を考え、伝統的な在来工法にこだわらず、集成材を使用した木造大断面工法によるまったく新しい空間を創出。半分になった床面積を補う院庭は、板を敷きこんだ半野外空間ともいえ、本堂・祖師堂・客殿の視覚的、空間的つながりを実現しました。回廊で切り取られた青空天井に周囲の緑が映え、視界は角田山へとつながります。
  設計は茶谷先生監修のもと、弟子の中澤敏彰氏によるものです。

旧本堂
解体・修復の作業中

「三重塔」

 市内福井集落の曹洞宗寺院から移設されたものと伝わるだけで、詳細は不明です。当初は内外部ともに金箔が施され上屋根で保護されていた形跡がありますが、移築後は上屋根がなく破損が進んだと思われます。各地で古建築の修復を手がける山崎完一設計士の監修で解体修理を行いました。小塔ながら大きな塔と変わらない構造で作られている貴重な建築物として、「山門」「鐘楼」と併せて3点が文化庁の「国登録有形文化財」とされました。

「安穏廟」と境内の庭園

 山を背にする境内は防風上問題がないものの日当たりと排水に難があり、ことに排水には長年悩まされてきました。これを解消し境内整備を進めるに際し、造園工事の設計から現場指揮までを野沢清先生が担当されました。同時に「安穏廟」の設計と運営システム作成には心血を注がれ、全国のモデルとも言われものに仕上げました。
  野沢先生は東京農大造園学科卒で、各地の造園設計の傍ら母校東京農大と関東学院大で講師を勤めて後進の育成にも尽力されました。「安穏廟」は他の「世田谷美術館」「明治学院大学キャンパス」「長谷木記念館」「宮内庁吹上御所」等々とともに先生の代表的作品と称されています。
  平成18(2006)年8月、講演先の京都で急逝され、そのご遺骨はかねてからの希望通り「安穏廟」の一角に埋葬されました。

水害
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